わたしと『僕らの結婚!〜彼女が指輪をはめるまで〜』の関係。

このながいながい作文を、わたしのおかあさんが書こうと決めたのは、わたしがうまれて、すぐの時です。わたしはよく知ってます。

わたしを産んだとき、
お母さんに
不思議なことが起きました。

お母さんは

かなめお姉ちゃんが小学生になった春に飲んだ、強い薬のせい…だったのだろうと思うのてすが

ずっと過去の記憶に対するふつうのひとにはある記憶の『実感』というものをなくしてしまって、

仕方がないので
日記やメモや古い写真類をたどって、

だいたいこんなことだったのだろう…っていう、大まかなところだけを把握して、

とりあえず役者さんのようにお母さん自身のふりをして生活していました。

その

まるで不透明な分厚いカーテンの向こうのことのようだった

『お母さんの高校生のときからの「自分の記憶』が

そのまま鮮やかな映像になって、映画みたいに、目の前に広がり出したんです。

あのメモ。
あのノートに書き残してあった詩の意味。

あのひととは…このひととは…、ああ、そんなことがあったから。

みんなの誕生日や好きらしいもののリストや、似合うと思う色のリストが残っているんだ。

ああ、なんだ、
そんなわけだった…!

いままで、苦しく悲しい痛い記憶しか、こんな風には、自動的に広がったりしなかったのに。

こんなに鮮やかに。

あのひとが
このひとが
そしてわたしが

笑ってる。

あのときは、あのひとが
あんなふうに

このときは、このひとが
こんなふうに

ああ
それで、
そんなわけの連続で

わたしは、
わたしと神様との約束を
守らなくちゃならなくなって。

だから
結婚しなくちゃならなくなって、

自分の予定では
絶対…絶対になるはずはなかったはずの

『お母さん』…にまでなっちゃってたのか〜!。

なあんだ。そういうことだったんだ。

でも、良かったぁ。
想像していたより
ずっとずっと
まともで、愉快で、
ちゃあんとしてるじゃない?

そして、こんなことだったなんて、M脇くんはきっと、知らない。

知らないで勝手にいつもなんだかいじけてる。

ちゃあんと
教えてあげなくちゃ。
まだこの記憶があるうちに…。

また、なにかの拍子に、記憶が消えてしまったりしないうちに…。

そして、みんなにちゃんとふたりで御礼を言わなくちゃ…。

あのとき、このとき。
あなたは、わたしにこうしてくれた。

高校生になる前までに

わたしの
頭にも気持ちにも身体にもいくつもいくつも巻かれていた…

あのたくさんの重い鎖。

あんなにして巻かれていた
たくさんのいやなひもだか網みたいだったもの。

みんながひとつひとつ
外してくれたの。
ちぎってくれたの。

外しかたのヒントをくれた!

みんな、ほんとうに
ありがとう!

わたしを助けてくれてありがとう。

わたし、まだ、生きてるわよ!
わたしね、わたしね、お母さんになったの!

大好きな…みんな。
わたしを助けてくれたひと達。

みんなは、どうだろう?

いま、しあわせ…ですか?

なんでそんなこと
考えるのかわからない。

でも、ひとは順繰りに
やっぱりそのひとの試練にいつか出会う。

だれか迷っていないかしら。

いつかのわたしみたいに
疲れて
どっちへいけばいいかも
わからずに

自分がほとほと嫌になって
変ないやな暗いふちに
座りこみたくなっては
いないかしら。

あのときの
わたしよりも

もっと深いため息を
ついていたりは
しないかしら…。

大好きだから
心配で。

自分はみんなに助けられた身だと思うと。
なにかでおかえしが
したくなって…。

なにより、旦那がいじけているのを、
何とかしなくちゃと

うちのお母さんは
そう思っちゃったもので

こんなものを
書きはじめちゃったんです。

すみません。

わたしとは12歳ちがう
かなめおねえちゃんが、

幼稚園バスで付き添いの先生がたや大人にはぜったい見つからないように男の子たちに計算されたタイミングで
髪をひっぱられたり、こづかれたり、足ばらいをかけられたりして

それを見ていた年中や年少さんのクラスの子までが、面白がってそのまねをはじめたとき…

その卒園式まで、もうなんヶ月だか…の時期になって おねえちゃんは、

『はは〜。わたし、もう幼稚園に、いきたくないです、いかなくてもいいですか?』

『はは〜。あそこには、むらまつさきちゃんいがいに、わたしには、おともだちは いません。』

といって、幼稚園にいかなくなって。

幼稚園バスを見ても、幼稚園の制服を見ても、もう吐いてしまうようになって…。

おかあさんは、いろんなひとに話をききました。

そして、かなめおねえちゃんが受けた意地悪といたずら自体については、

それが始まったきっかけも、すぐにわかったし、そんなに大したことではなくて、

じつは、ほかの女の子たちも同じようなことで順繰りにやられてからかわれていた…ということ。

ある意味、珍しくもないことで、たいていの場合は、そのうち、あきたりなにかの拍子に仲直りしたりして仲良くできはじめたりするたぐいの出来事に、

一見『そっくり』だったもので

プロの幼稚園教諭も、ついつい見逃してしまっていた…ということ。

しかし、その「よくあること」といわれる男の子たちの行為の裏にも、

命令する者と行動班。そして、おもしろがっているグループと、いやいや従っていたグループが存在したこと。

お姉ちゃんが長く長く休みっぱなしであることが、お母さん方の口にのぼりはじめ、

今度は、いじめっこグループと呼ばれはじめた子のお母さんたちの間で責任のなすりつけあいが始まってしまい、


なぜか『命令をした子』ではなく『命令を受けて、調子にのって実行してしまっていた子』のお母さんが、『四方八方からのつるし上げ』状態になり、彼女はそれこそ孤立。もうノイローゼ寸前…という…いまひとつ納得できない事態へと発展。

…そんな中だったけど

お母さんは気がついたの。

お姉ちゃんの、男の子たちにいたずらや意地悪をされたときの反応が、ひどくひどく低姿勢であること。

もしかしたら

あの男の子たちの
調子にのってやらかしたことは確かにひどいことだし、良くないことだけれど、


受け止めるほうのおねえちゃんの『感じかたの鋭さ』や『記憶の中の恐怖の瞬間の再生力』が、

普通といわれるタイプの子どもたちより、もしかしたら…、

もしかしたら、じつは彼女にとっては信じられないくらい強烈…なのではないだろうか?。


そういえば
シャンプーのときも、
ちこくしそうで
かなり急いで髪をといちゃったときも、

あの子はいちいち
ひどく、ほんとうに
ひどく怖がったり痛がったりして。ちょっとでも痛くするとなだめるのに時間がかかって、いつも困った。

目と目をあわせてお話するのが
とても苦手だ。

会話のキャッチボールも
なんだか、ちぐはぐになる。うまくかみ合わないことが多い。

にぶさと鋭さの
無関心と集中の
奇妙なぶつ切れな同居を、感じる。

…もしかしたら。

あの男の子たちが悪い…ひどい…それだけでは…ないのではないかしら?

とんがって、イライラ、トゲトゲしてる気持ちと

なんだかいつもビクビク、ビクビクして
いる気持ち。

そんな
なにか、『お互いに不幸な組み合わせでの不運な出会い』だったってこと


なのじゃないか…?って。

けれど食事もせず、ろくに眠りもしないで、そんなこと考えて

お母さんは本屋さんや図書館をめぐって調べてばかりいたものだから、

お母さんは調子をくずしたの…様子がおかしいと心配してくれた社宅のアパートのお友達の忠告をきいて、お父さんはメンタルクリニックに相談にいったのだけれど…。

お母さんは考えていること、言ってることを、お医者さまたちにうまくわかってもらえなくて、

『あ〜、たぶんこれはですね。就学まえに、よくある若いお母さんの軽いノイローゼの状態だね。最近、こういうのが結構増えてるんですよ。とにかく、いったんちゃんと寝かせてあげましょう、話はそれからですね〜。』

薬をのんでも眠らない。
どんどんお薬が、強くなり。
なぜか、超ハイな状態が起きちゃって、

バクハツ。ドッカーン。

あれ?
わたしはどこ?
ここで、なにしてるの?

あれ〜?
M脇くんだ〜。

あなた、ここで
なにしてるの?

え?!

あなたがお父さんで
わたしがお母さん?!

え?!
わたしが生んだの??!

このちっちゃい子と
小学いちねんせいの

ふたりのかわいい女の子を〜?!

どうして。
どうして。

あり得んゎあ。
あり得んぞ、絶対〜!

なにがどうして、こうなってんの〜?!

だれか教えて〜!!!



……ってことに、じつは
なっちゃってたの。


もう…大変。

……まあ、そんなところからコツコツ、自分の記録をひっくり返しながら
奥さんの役目もお母さんの役目も
乗りかかった船だ、だれかがやらにゃ、しゃあないじゃんか〜と、

わけがわからないながらも、お母さんは
奥さんとお母さん役をやってきたのです。

どうかこの際書き終わるまで、いろいろと
記憶ちがいや勘違い。

はたまた、勝手な深い思い入れなども

もしかしたら
かなり、あるのかもしれませんが。

どうか
ゆるしてやってください。
おしまい。